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第二話 巫女だって恋くらいしたい

Author: 天咲琴乃
last update publish date: 2026-08-30 12:51:16

「あなたたち三人は、恋をしてはいけません」

朝っぱらから、とんでもないことを言われた。

ことねぇは祖母の顔をじっと見つめた。

「……はい?」

聞き間違いかと思った。

隣ではイズミが静かに正座している。

そのさらに隣では、ことのが眠そうな顔で座っていた。

三姉妹が呼び出されたのは、篝火神社の本殿だった。

昨夜、村の青年が死んだ。

遺体の周囲だけが、不自然なほど黒く焼け焦げていたという。

そして祖母は、ことねぇに尋ねた。

――誰かを、憎みませんでしたか?

確かに腹は立った。

大嫌いだとも思った。

だからといって。

「私がムカついたから人が死んだってこと?」

「まだ、そうとは言っていません」

「じゃあ何で恋愛禁止になるの?」

祖母は答えなかった。

「話飛びすぎじゃない?」

「ことねぇ」

イズミがたしなめる。

「おばあさまのお話を最後まで聞きましょう」

「だってお姉ちゃん。恋愛だよ?」

「ええ」

「一生だよ?」

「……ええ」

「嫌じゃないの?」

イズミは少し考えた。

「仕方のないことなら」

「受け入れるの早っ!」

ことねぇは思わず叫んだ。

イズミは昔からこうだった。

穏やか。

冷静。

聞き分けがいい。

家事も得意。

村の年寄りからの評判もいい。

三姉妹の中で、もっとも巫女らしい巫女。

「ことのは?」

突然振られて、ことのが顔を上げた。

「私?」

「恋愛禁止だって」

「別に」

「えええ!?」

「今、好きな人いないし」

「そういう問題?!」

「じゃあ、どういう問題?」

「いつか超絶タイプのイケメンが現れたらどうするの!」

ことのは少し考えた。

「遠くから見る」

「野鳥観察じゃないんだから!」

イズミが口元を押さえた。

笑っている。

「お姉ちゃんまで!」

「ごめんなさい。つい」

祖母が小さく咳払いをした。

三人が黙る。

「……話を続けてもよろしいですか?」

「はい」

イズミだけが即答した。

「ごめんなさい」

ことのも頭を下げる。

ことねぇも渋々座り直した。

祖母は三人を見渡した。

「三田村家の巫女には、代々守られてきた掟があります」

その声から、先ほどまでの柔らかさが消えた。

「人を憎んではならない」

一つ。

「神前で偽りを口にしてはならない」

二つ。

そして。

「人間の男性に、恋をしてはならない」

三つ。

本殿が静まり返った。

外では風が吹いている。

木々の葉が擦れる音だけが聞こえた。

ことねぇは眉を寄せた。

「人間の男性に?」

妙な言い方だった。

恋をしてはいけない、ではない。

祖母は確かに、

『人間の男性に』

と言った。

「じゃあ、人間じゃなければいいの?」

ことねぇが聞く。

イズミが振り向いた。

ことのも振り向いた。

祖母まで黙った。

「…………」

「…………」

「…………」

ことねぇは首を傾げた。

「おばあちゃん?」

祖母は深く息を吐いた。

「そこに気づかなくてよろしい」

「気づくよ!」

ことのがぼそっと言った。

「言い方が悪かったね」

「ことのまで!」

イズミがとうとう吹き出した。

「ふふっ……」

「お姉ちゃん!」

「ご、ごめんなさい」

祖母は額を押さえていた。

「あなたたちは本当に……」

そのときだった。

カラン。

本殿の奥で鈴が鳴った。

三姉妹が同時に振り返る。

誰もいない。

風も入らない場所に吊るされた、古い神楽鈴。

それがもう一度、

カラン。

鳴った。

祖母の顔色が変わった。

「おばあさま?」

イズミが尋ねる。

祖母は立ち上がった。

そして神楽鈴へ近づくと、その前に膝をついた。

「……早すぎます」

「何が?」

ことのの声が小さくなる。

祖母は答えない。

ただ、三姉妹には見えない何かに向かって深く頭を下げた。

昨夜の死。

山に灯った篝火。

そして今朝、ひとりでに鳴った神楽鈴。

何かがおかしい。

さすがのことねぇにも、それくらいは分かった。

けれど。

本殿を出た途端。

「で、お姉ちゃん」

「なあに?」

「好きな人いるでしょ」

イズミの足が止まった。

「…………」

ことねぇの目が光る。

「いるんだ」

「いません」

「今の間は何?」

「何もありません」

「顔赤いよ?」

「朝日です」

「ここ日陰だけど」

「…………」

ことのが冷静に追撃した。

イズミが二人から目を逸らす。

「お姉ちゃーーーん?」

「知りません」

「怪しい!」

ことねぇがイズミの腕に抱きつく。

「誰? 村の人? 同級生? 年上?」

「ことねぇ、離れなさい」

「教えて!」

「嫌です」

「ことの! 反対側!」

「了解」

「ことのまで!?」

左右から妹に捕まったイズミが、珍しく慌てる。

さっきまでの重苦しい空気が嘘のようだった。

三人はまだ知らない。

イズミが胸の奥に隠した、小さな恋心が。

昨夜の篝火とは違う災いを呼び寄せようとしていることを。

そして。

誰もいなくなった本殿で。

三度目の鈴が鳴った。

カラン――。

遠い神域。

深い水の底で。

ひとりの男が、ゆっくりと目を開いた。

「……イズミ」

その声を。

彼女はまだ、思い出せない。

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